唐古・鍵遺跡史跡公園 2018年5月
平城遷都(710年)となる〝数百年前〟、ここに各地と交流する街があったという・・・。
▼ 写真の上にポインタ(矢印)を置くと、絵柄が替わります
▲唐古・鍵遺跡史跡公園(2枚とも)


弥生時代・・・いまから約2000年前。土器(壷)に描かれた建造物「楼閣」。
奈良県田原本町にある〝唐古・鍵遺跡史跡公園〟唐古池の南西角に復元された。
奈良盆地の中央に位置するこの集落、遺跡面積は約42万㎡
(甲子園球場 10個分)、周囲には幅8m、深さ2mの内濠環濠(うちぼりかんごう)が、外側には 5~8条の外濠が巡らせてあり、ムラは「とりで」の様子となっていた・・・と推測されています。
弥生時代前期から後期までの約700年間、集落としての存在が続き、大きな建物があったとされる遺構や土器などの遺物が出土されています。
遺物は、日本各地から運び込まれた物もあり、2000年前の弥生時代に、地域を超えた範囲での交流が行われていたと分析されています。
唐古・鍵遺跡のシンボルが「楼閣」。
元明天皇が律令制にもとづいて政治を行なった(藤原京から遷都した平城京、国家のはじまり)のが 710年、約1300年余前。そのズッと前に街が誕生していたということになります。
この遺跡が公園として整備が進んでいます。
今年
(2018年)4月17日「唐古・鍵遺跡史跡公園」がオープンしました。斜め前に「道の駅 レスティ唐古・鍵」も同時にオープン。新聞やテレビ(ともにローカル面)で、楼閣が取り上げられていました。
不勉強まるだしになりますが、この遺跡のことは まったく知りませんでした。
報道内容も歯切れが悪く、いまいち 分かりにくい内容でした。
楼閣の復元は 1994年、老朽化がすすんだため、オープンを前に修復作業が行われた。見映えは綺麗に整ったが、歴史を伝えるものとしては「?」の思いがでる。
弥生の建物
広場、生活体験広場、多目的広場、多重環濠エリア、弥生の林エリア・・・いただいたパンフレットの記載は広場エリアがいっぱい。
わかりやすく書けば、「まだ何もない」ということ。
晴れの日曜日、道の駅は混雑していたが、遺跡公園は超のんびり。とても気持ちのいい一時となった。
公園の北部にある「唐古池」周囲約600m、びっしりと桜が見事。来年の春、もう一度 訪ねたいと痛感。この池は、江戸時代に整備された溜池だとのことだが。

唐古・鍵遺跡史跡公園


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【旅のデータ】
① 自宅 道の駅レスティ唐古・鍵 唐古・鍵遺跡史跡公園 自宅